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虎之巻 二巻 引用掲載

 投稿者:fuusan  投稿日:2010年 5月 4日(火)19時29分28秒
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  島津氏系譜略(新薩藩叢書)

  齊興  嘗先世系譜ヲ覧閲シ  暦代ノ生年卒時及名號官爵等オ記載シ  其傳中  大要
ヲ摘テ  系譜略一巻ヲ撰述シ  採覧ニ便ス  而始忠久ヨリ  齊興ニ至テ  二十七世暦
數  凡六百年餘ノ  久シキ治亂興廢  挙テ數フヘカラス  其間  事秘スヘカラスシテ
亦秘スヘキモノ少ナカラス  故ニ  別ニ  一巻ヲ撰シ  其機密ニ預ル事ヲ記シ  上下
二巻トス



  [虎巻秘法傳來之要訣]

  抑虎巻ノ秘法ハ上古  瓊々  杵尊ヨリ出テ  代々ノ帝王相続ノ要訣ニシテ  清和天
皇マテハ  即位ノ日  三種ノ神器ト共ニ此秘法ヲ譲ラセ玉フ御事ナリ  陽成天皇御多
疾ニ渡ラセ玉ヒ  法ヲ修シ給ヒカタキニヨツテ  第六皇子貞純親王ノ御子  經基王ニ
源姓ヲ賜フノ時  此法ヲ授ケ  此時  虎ノ巻ト名ケ賜フ

  經基王  男山ニ至リ  此法ヲ修スル事  凡三年  能其妙處ヲ悟リ  其子満仲公ヘ傳
ヘテ  永ク源家ノ正統傳授ノ秘法トハナレリ  満仲公  其孫頼義公ニ傳ヘ  頼義公
其子義家公ヘ傳ヘ  尤其妙ニ通シ  堀川帝御脳マシマシ禁中屡怪異ノ事トモアリシ時
義家公ニ命セラレ  此法ヲ修シテ  御脳忽チ御平癒アラセ玉フ

  義家公ノ孫  義朝公法ヲ傳ヘ  其子頼朝公ニ授ク  頼朝公亦其極處ニ通シ  速ニ平
家追討ノ功ヲ成シ

  遂ニ  始祖忠久ニ授ケ給ヒソレヨリ  當家世々傳來シテ  嫡々相授ケ  次子以下其
傳ヲ得ルコト能ハス

  十六代義久ノ時ニ至テ  男子ナク  イマタ其嗣ヲ定メサルノ處其弟  義弘  元龜二
年壬申五月四日  伊東氏ノ軍ヲ木崎原ニ敗リ大ニ勝利ヲ得シカハ

  義久  喜不斜  嗣子トナスヘキノ深慮アルニヨツテ  此秘法ヲ義弘ニ傳ヘ  其後
義弘  守護職トナツテ  大ニ英名ヲ振ヒシコト  大法ノ驗ト云ツヘキナリ

  十九代光久ノ時ニ  當ツテ  従幕府此秘法傳來ノ事ヲ  尋ラレシニ  絶テナキヨシ
ノ旨ヲ  答フ

  是レヨリ後  密而  改テ  直看經法トソ  稱ス至于  今  齊興  廿有七代  六百有
餘年  經雖雖  旡少斷絶傳來堅固ナリ雖  然自  古之授ニ  不當生  質之者於レ
有レ  之者雖世代續不傳二   秘法ノ作法   一只傳書迄  傳之於修行  以二名代之臣ヲ
一此事最極甚  深秘事也云々

  齊興  竊ニ按スルニ  忠久文武道ヲ學  鎌倉傳來ノ武藝  連綿トシテ  今猶  傳ル
モノアリ  就中  源家傳來  虎巻ノ秘法ニ  練達シ  其法ヲ  子孫ニ傳フ宣ナルカナ

  百世ノ祖タルヤ  抑  虎巻ノ秘法ハ  武家第一ノ要訣也  故ニ  代々  コレヲ練習
シ  齊興ニ至テ  其法ヲ傳ヘ修スルコト  厳密ナリ  其由レ來  及  愛染明王坐像
業ノ  事ハ  附録ニ詳ナリ


※秘話    川上矢吉霊山先生が過日、御父上翁介先生より承られた御話の要約。
  或る日突然、29代忠義公より呼出しが有り、急いで伺うと殿中の表間の控え部屋
に通された。
  何事かと、しきりに気を揉んでいると安藤輝氏の母上(島津忠義公の乳母)が出て
来られて「心配するな」と云われるのでホッと、していると恐れ多くも直答を許され
御面前に出た。
  問曰「由縁有て惟新公(義弘公)より四郎兵衛家に秘伝する島津家伝来の鎌倉流武
芸とは何か、一切を示せ」
  答曰「畏み申し上げます。恐れくも鎌倉流武芸とは、一言にては申上致しかねます
が、私家にては『影の流れ』と称して琵琶法師(盲目)・虚無僧・修験者(山伏)な
ど裏島津の総元締めとして諜報とその機構を秘して一子相伝致して参りました。
  また、代々の御当主様に秘匿の裡に御藩祖忠久公が、源  頼朝公の御命により学ば
れた義経公の武芸即ち鎌倉流武芸を御伝授申し上げて参りました。」
  この後、総てを御話申し上げて「影之流」の真を会得されるまで御伝授致したとの
ことであった。  事実を動かす事は出来ない。  信じるも疑うも自由である。  要は
判断力の問題だけだ。
  島津家は、約800年の歴史がある。  現代に残る殿様の写真、刀の拵えなど、ほ
とんどが約400年伝わる御家流(示現流)と称するものに定められた様式で無いこ
とは事実である。  これは封建制度のもと厳しく定められ、命のやりとりをするのに
他流の拵えをする事等、とても考えられない。
  さて、とても重要な事は矢吉先生の仰られた、この型は一切、門人には教えること
は出来ないし、もう忘れたとの事にある。  また、本来なら「影流」であるが、「影
之流」としている訳は、「影の流れ」の印を含むのである。  更に今日では基本之型
としている「先・掛・切返」には奥が、あるのである。  これを会得した者には自然
と「奥秘剣」が解るのであると云う。
 
 
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